こんにちは、okuriru.comの開発者です。福岡で子育てとプログラミングの合間に、企業の財務諸表を肴に晩酌するのが日課になりつつあります。
今回分析するのは、名刺管理でおなじみのSansanです。
先日、スクレイピングのバッチ処理が吐き出したSansanの分析ログを見て、思わずコーヒーを吹き出しそうになりました。「オーナー利益:▲22.5億円」
えっ、Sansanってそんなにヤバイの? もう成長止まった? と思って詳細を開いてみると、そこにはSaaS企業特有の「会計数字の罠」と、経営陣の大胆すぎる(そして今回は痛い目を見た)投資戦略が隠されていました。
一見すると「減益」「赤字」に見える決算の裏で、実は過去最高レベルで現金を積み上げているSansanの実態。そして、その現金をドブに捨ててしまった(かもしれない)失敗事例について、エンジニア兼投資家の視点で深掘りします。
1. 成長性と効率性:Bill Oneが牽引する第2創業期
まずは、企業の基礎体力である成長性と効率性を見てみましょう。
| 指標 | 2022 | 2023 | 2024 | 2025 |
|---|---|---|---|---|
| 売上高(億円) | 204 | 255 | 339 | 432 |
| 純利益(億円) | 8.6 | -1.4 | 9.5 | 4.2 |
| 売上高純利益率 | 4.2% | -0.6% | 2.8% | 1.0% |
売上高は(前年比+27.5%)と、見事な右肩上がりを続けています。牽引役は間違いなく、請求書受領サービスの「Bill One」です。かつては名刺管理一本足打法でしたが、いまやBill Oneが第2の柱として完全に定着しました。インボイス制度や電子帳簿保存法という「国策」の追い風を背に、導入企業数を爆発的に伸ばしています。
さらに注目すべきは、長らく「お荷物」と言われてきたEight事業がついに通期黒字化したこと。BtoB(展示会ビジネス等)でのマネタイズがようやく軌道に乗ったようです。「名刺交換SNS」というマネタイズ困難な領域で、諦めずに収益化に漕ぎ着けた執念は評価に値します。
しかし、ここで一つ大きな「違和感」があります。売上がこれだけ伸びているのに、なぜ純利益が半分以下(4.2億円)に沈んでいるのでしょうか?
利益を押し下げた「Unipos」の失敗
犯人は、特別損失に計上された「株式売却契約損失引当金(23億円)」です。これは、ピアボーナス(従業員同士で成果を称え合う仕組み)を提供するUnipos社との資本業務提携解消に伴う損失です。
要するに、「一緒にやればシナジーあると思ったけど、やっぱり無理だったから手仕舞いするわ。高い勉強代(23億円)払うけど」ということです。「M&Aによる成長」を掲げる同社ですが、このデューデリジェンス(買収前の精査)の甘さは投資家として看過できないリスク要因です。稼ぐ力は本物ですが、その使い方が少し荒っぽい印象を受けます。
2. バリュエーション:見せかけの赤字と「真のオーナー利益」
さて、ここからが本題です。okuriru.comの自動計算が弾き出した「オーナー利益:▲22.5億円」の謎を解き明かしましょう。
| 指標 | 2022 | 2023 | 2024 | 2025 |
|---|---|---|---|---|
| オーナー利益(億円) | 1.9 | -5.8 | 9.3 | -22.6 |
| オーナー利益価値(億円) | 37.8 | -115.2 | 185.4 | -451 |
なぜこれほどのマイナスが出ているのか。理由は2つあります。
- 純利益ベースの計算の限界: 自動計算ロジックは「純利益 + 減価償却費 - 設備投資」をベースにしていますが、前述の特損(23億円)が純利益を直撃しています。しかし、この特損は「引当金の計上」であり、キャッシュアウトはまだ(あるいは一部)です。
- 本社移転という「一過性の巨額出費」: 2025年期の設備投資額(31.5億円)には、渋谷サクラステージへの本社移転に伴う**造作工事費(26億円)**が含まれています。これは、毎年発生する「維持のためのコスト」ではありません。
真の実力値を推計する
では、これらの一過性要因(特損と本社移転)を除外した、「SaaS企業としての素の実力」=営業キャッシュフローを見てみましょう。有価証券報告書から数字を拾うと、衝撃の事実が浮かび上がります。
- 営業キャッシュフロー:96.5億円(前年比+75%)
なんと、純利益が4億円しかないのに、現金は96億円も入ってきているのです。このカラクリの正体は「前受金(Advances Received)」です。SansanやBill Oneは年間契約の前払いが基本。つまり、サービスを提供する前に現金が入ってくる「資金繰り最強モデル」なのです。この前受金が、前年比で38億円も積み上がっています。
私の手計算による「真の修正オーナー利益」は以下の通りです。
- 営業CF(96.5億円) - 無形資産投資等(約6億円) = 約90億円
CSV上の「▲22.5億円」とは天と地の差です。この会社は、実は年間90億円規模のキャッシュを創出するモンスターマシンなのです。これがSaaSビジネスの恐ろしさ(褒め言葉)です。
3. 財務の安全性:盤石のネットキャッシュ
最後に、財務の安全性を見ておきます。
| 指標 | 2022 | 2023 | 2024 | 2025 |
|---|---|---|---|---|
| ネットキャッシュ(億円) | 70 | 78 | 75 | 60 |
| 正味流動資産比率 | 5.1% | 5.6% | 5.4% | 4.3% |
ネットキャッシュは60億円プラスと、安全性に問題はありません。負債が増えているように見えますが、その大半は「前受金」です。これは将来の売上になる「良い負債(返さなくていい負債)」なので、銀行借入とは質が全く異なります。実質的な財務健全性は数字以上に高いと言えるでしょう。
まとめ:投資家としての「本音」
Sansanは、財務諸表を「読む」だけでは本質が見えない典型的な銘柄です。
- PL(損益計算書): Uniposの特損でボロボロに見える。
- CF/BS(キャッシュフロー/貸借対照表): 前受金ジャブジャブで、現金が溢れている。
投資家としての判断は、「この溢れる現金を、経営陣が次にどう使うか」を信じられるかどうかに掛かっています。 Uniposのような失敗を繰り返すのか、それともBill Oneのような次の柱(例えば海外展開や新規事業)に賢く投資できるのか。
もしあなたが「経営陣は失敗から学んだはずだ」と思えるなら、表面上の赤字で株価が低迷している今は、絶好の買い場かもしれません。私は……とりあえず、この会社が作った「最強の集金システム」には敬意を表しつつ、次のM&Aニュースが出るまでは慎重に見守りたいと思います(苦笑)。
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